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2007年9月 5日 (水)

伊勢丹

   
尊敬するこちら出身の先輩もいますし、仕事面ではBPQC等の売り場に関与するブランドが並ぶことはとても価値のあることで、いつも大変お世話になっている会社です。
  
  
先日の日経新聞の春秋にこの伊勢丹のことが書かれていました。
 
 
 
 
初代社長である小菅丹治氏の話。

湘南の農家に生まれた12歳の少年が東京の呉服屋に奉公に出た。

坊ちゃんの寺子屋に付き添いつつ窓の外から授業を聞き、砂に字を書いて覚える。

才覚を見抜かれ番頭になり、また出入りの穀物商が婿養子にした。
 
   

 
勧められて開いた自分の呉服店、伊勢丹での夢は、「大店の越後屋(三越)、白木屋(後に東急百貨店)と肩を並べる」という途方もないこと。

大正時代の呉服屋を前進とする大手百貨店は三越、松屋、高島屋、松坂屋、白木屋で五服会と称したそうで、小さな伊勢丹とは比べ物にならないそうでした。


斬新な柄の服で自ら流行を作り出し、自社の服を街で見かけたと話す人が一人でもいたら「行き渡った証拠」として販売を停止。
「着眼、度胸、切り上げの良さが商運を伸ばした」とのこと。
 
また、「良き仕入れ担当者は優れた人格者であれ」と行動を戒め、取引先も平等に扱ったそうです。
  

  

私自身も短い経験の中で、売れるかどうかリスクをとらず、海外や他の店で商品が売れ出すと扱いを始める商社や小売業、掛け率や返品、販売応援等、取引業者に不平等な要求を押し付けてくる小売業などもたくさん見てきました。
 
 
しかし、本物が最後に残る。
  
  
約100年後、今や松坂屋は大丸と支えあい、白木屋は東急に吸収、その東急も生き残りへ伊勢丹と提携、そして先日三越が伊勢丹と統合。

夢は現実に。

 
 
 
昨日、旧日本軍の参謀であり関西の繊維専門商社であった伊藤忠商事を財閥系商社と肩を並べる総合商社に導いた、瀬島龍三氏が亡くなられたそうです。
 
この会社の躍進もすごいことですね。
   
 
昔から興味があり瀬島氏関連の書籍はほぼ全部読んでいますが、今回の伊勢丹の件も含めて、事を成す人の在り方とその突き抜け方というのは、感動を呼ぶものであるなと思いました。
 

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