カテゴリー「⑨つれづれ日記」の77件の記事

2013年5月 2日 (木)

忌野清志郎

5月2日は忌野清志郎さんの命日だそうです。

中学生の時にRCサクセションを好きになって、そんな風になりたいと憧れて高校生からバンドを組んで。 でもRCを解散してからはほとんど聴かなくなって、音楽も諦めて普通の就職をしました。

働いて10年ぐらいして、ひょんなことからものを作る仕事となり。

初めて自分のブランドをつくった2005年に、キヨシローさんの事務所を調べて送ってみました。

何度も便箋に万年筆で書きなおした長い手紙を、あのイタリアのオーガニックシャンプーを入れた段ボールにいれて。

「忌野清志郎様 はじめまして 手島大輔と申します。昔にデモテープを送ろうとして自信がなくて送れませんでしたが、大人になって音楽ではないですが自信のあるものがやっとできたので、清志郎さんにぜひ使っていただきたく不躾ながらお送りさせていただきました。僕は・・・・・・」

返信ないな~(あるわけないか)なんて思ってましたら、その時は入院されていたようです。

今でもその時のことを思い出して、「きっと使ってもらっただろう」と勝手に思ったりしてます。

音楽じゃないけどすごいことをして、いつか会いたいと思っていましたが間に合いませんでした。

新しいことを始める時、事業の立上げの時、自信がなくなった時、不安な時、いつもこの曲を帰り道で聴いて帰ります。

これはRCが独立した時に出した曲。

フォークトリオでのデビューから「10年ゴム消し」の不遇時代を経てやっと日の目を見たRC。不遇時代にコツコツと努力して書き溜めた曲でヒットを力づくで手に入れた。

あの売れない時代があったからこそと思う。

今はとても不安な時。たくさんの人に助けてもらって何とか成り立っている状態です。

今日も大切な休日なのに友達に力をかしてしてもらった。 お世話になった人に大きな恩返しは出来るのかな。 必ずしないと、しかも早く。遅くならないように。

それにあの世でキヨシローに「キミも良くやったじゃないか」とも言われたい。

実現したいすごく大きな夢がある。 時間がない。 さてどうする。 そのためには目の前のことをやるしかないのだ。

「すべてはALRIGHIT」

2012年12月12日 (水)

お別れ

今日、父が他界しました。81歳大往生です。
     
2月に末期がんで余命半年と言われてから10か月、本当によく頑張ってくれました。抗がん剤の苦しさの中で、家族との旅行や食事、2人での郷里の松山旅行をはじめ、たくさん話をして、楽しい時間を作ってくれて本当に感謝しています。

そして想像も出来なかった3男の誕生を待ってこの間の日曜日に腕に抱いてもくれました。

検察官として生き、清廉潔白、真面目一徹、律義で強い意志で生きた人。途中でグレた自分は若いころはそういう真面目で頑固タイプな父にはなつきませんでしたが、今では本当にすごい人だと尊敬しています。自分に厳しく、他には寛容な心を持ち、本当に優しい人でした。
   
   
そんな律義な父は、葬儀準備から挨拶状、相続から私物の処分など家族の負担のならないように自分で全ての身辺整理を済ませていました。闘病日記を読みながら、目の前のことに着実に誠実に生きた父を思い返しています。

言ったとおりに今日の朝まで立って歩き、最後までしっかりと生き抜きました。 月曜日に病院に付き添った時には明日の入院が決まっていましたが、本人の希望通り入院をせず今日自宅で意識の最期を迎え、その後救急車で主治医の元に運ばれ、家族やお医者さんに看取られてなくなるという、本人にとって思い通りの本当に良い最後だったと思います。

今朝実家に着き、マッサージを頼まれてしている間にだんだん意識が遠くなっていきました。苦しまず、眠るように安らかな顔でした。最後に側に居れたことは本当に嬉しかった。お別れとはいえ本当に幸せです。良かったです。

チンタラ生きて、これという親孝行も出来ずじまいの不肖な息子でしたが、これからやるので空から見ていて欲しい。ここまで助けてくれてありがとう。本当にありがとう。

涙を見せる母や姉には、良い最後だった、いずれは来る日だった、ここまでこれたら充分だ、良かった、などと冷静そうに言っていましたが、家までの車で一人になった時、小学生以来呼んだことのないような大声で「お父さん」と何度も叫んで泣きました。

Tegami



2012年10月 4日 (木)

両親との最後の旅行

今日は両親と熱川の温泉に来ています。

子供の頃は姉もいたし、青春時代は家族旅行など行きたいと思わなかったし、結婚してからは子供もいるし、こうやって3人での旅行に来ることは初めてのこと。

でもたぶんこれが両親揃っての最後の旅になりそう。

せっかくだから、自分が生まれてからの事など聞いてみよう。自分も老いて、子供に今の生きている日々のことを聞かれる時も来るのかな。

温泉も料理も宿も天気も最良の素晴らしい夜です。

すべてに感謝したい気分です。



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2012年6月 5日 (火)

父との最後の旅行

ソーシャル&エコマガジン「ソトコト」7月号の「私のニッポン 海と山の滞在記 」に父親と訪れた松山・興居島の滞在記を紹介していただきました。

今月の特集は「楽しい海と山の滞在計画」。夏を前にさまざまな人のオススメ、島や山での楽しい過ごし方情報がいっぱい。また、気になるソーシャル&エコな記事が満載です。ぜひ読んでみてください。

お求めは全国書店にて!
http://www.sotokoto.net/jp/

Sotokoto


2011年4月26日 (火)

キャンディーズ

リアルタイムでの思い出は、小学校のころの剣道の合宿の時、ちょっと背伸びした1つ2つ上の先輩たちが、「キャンディーズが解散で残念」と言っていたのを思い出します。

ドリフターズの「8時だよ全員集合!」での出演もおぼろげな記憶。

でも、大人になってから結構な頻度でキャンディーズの曲を聴いていました。

曲もすごいし、すべてが時代を超えてすごいと思いました。

音楽の力はすごい。


吉田拓郎


自分も年を取って当たり前のようだったことが消えてしまう。

僕たちの日々もそれほど長くないと感じます。

2011年4月14日 (木)

ガラージュ ドゥ アパルトモン

青山の骨董通りに新しいお店が本日オープンします。

「ガラージュ ドゥ アパルトモン」

ドゥーズィエムクラス アパルトモンの隣にできるこのお店のプレオープンに昨日伺いました。


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素敵なお店です!

この空間とそれぞれにこだわりのあるアイテムの数々。

一つ一つがすごいです。

ぜひお近くにお寄りの際は、のぞいてみてください。

青山に素敵な場所が新しくできました。


GARAGE de L'Appartement
東京都港区南青山5-8-10
http://deuxieme-classe.jp/lappartement/

L'Appartement DEUXIEME CLASSEブログ
http://blog.deuxieme-classe.jp/?cid=12


2011年4月13日 (水)

桜通り


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世の中は不安が続きますが、良い季節がやってきました。

近所の桜通りは満開です。

この桜のトンネルを抜けると、素敵な未来が開けていきそうです。


2011年4月 7日 (木)

広島

   
今日は広島県の商工会議所にお呼びいただき、講演を行いました。

早めについたので10年ぶりぐらいで、原爆ドームと平和祈念館を訪れました。


第2次世界大戦末期、一般市民の住む市街地への核爆弾による無差別攻撃で、その年に14万人という死者を出し廃墟となった街。

それが60年後の今日、目覚ましい復興を遂げ活気と平和にあふれる街になっています。


東北の震災から1か月、被災地は依然深い傷跡がのこる状態のまま。

まだ発見されない多くの方や、放射能などの不安要素、大変な避難生活はそのままです。

しかし、今日の広島をみるといつかはきっと、元気を取り戻せる日がくるのを信じることができます。


とても厳しい現実の日々ですが、どんなことが起きても生きていく、その強さの火を心に灯せればと祈っています。


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2011年3月27日 (日)

震災後


東北の震災からしばらく経ちました。


このたびのことで命を失った多くの方々のご冥福をお祈りします。また家族を失った、友人を失った、家やさまざまなものを失った多くの方々に少しでも安らぎ取り戻せることをお祈りいたします。


さまざまなニュースを聞くたびに、胸の痛い日々です。


今回のことで、日々自分自身にも何かできないかと考えてきました。

考えをまとめて4月に一度現地に入ることにしました。


何ができるかわかりません。

しかし何かさせていただきたい気持ちがあります。

するからには自分の立ち位置で、自身にしかできないような、少しでもお役にたてることを。

自問自答して、早期に具体的な行動に移りたいと思っています。


2010年12月10日 (金)

ネパール・バングラディシュから戻ってきて

10月に訪れたネパールとバングラディシュから戻ってそのご報告をしていませんでした。
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ネパールの首都から行機で2時間さらにジープで8時間という、何もない山岳地帯で貧しいながら目をきらきらさせて生きている子供たち、苦しい日々でもたくましく明るく生きている女性たち。

経済発展著しい首都から洪水と渋滞で何時間かかるバングラディシュの北部の街で貧困から性的労働をやむなくされた女性たち。しかし新しい仕事により子供や家族のために貧困状態から抜け出すために努力している姿。

美しい風景とあたたかい人々。

そこには日本では感じづらい何かがありました。


ネズミとゴキブリとヤモリとコウモリの出るホテル、体調を崩して意識朦朧になった日々も貴重な体験でした。


いま来春のデビューに向けて、たくさんの方々と力をあわせて新しい彼女たちのためのブランドを精魂込めて作っています。

ブランド立ち上げの仕事として、今回もすごいのが出来そうなので、ぜひお楽しみに!


その他のブランドも、強烈な個性を出していけるように鋭意努力中です。
 
 
また、最近の活動はどこかでまとめてご報告できればと思います。

 
    

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