あけましておめでとうございます。
あけましておめでとうございます。
早速のイタリア全国~スイスの新しい提携工場の探索や事業パートナーの探索を開始し、多くの方のお力添えにより、今まであたためていた新しい福祉とビジネスを融合する使命を持ったブランド・事業を始めることができるようになりました。
3月
しかしこの一年は、人生で一番頑張った歳といえるように心に刻んで日々を過ごしたいです。
先日、日本で一つの肢体不自由児サッカーチーム「エスペランサジュニア・セドナFC」の特別サッカー教室に中央大学多摩キャンパスサッカー場まで行ってきました。
国際CP(脳性まひ者)サッカー委員会チェアマンのランゲン氏によるジュニアサッカー教室です。
年に一度の中小企業診断士資格の更新研修に行きました。
この資格は経済産業省による経営コンサルティング業の資格で、経営やマーケティング、財務・会計や労務管理、ITといった経営全般にわたる専門知識を取得する資格です。
今から13年ほど前の26になったばかりの時、
ビジネスに携っていながらビジネス知識がまったくなく日経新聞を読んでも良く分からない。。。
少しは分かってるようで本質的には理解できていない。。。
また会社に勤めて4年目で相当遊びつくし、、まったく勉強しなかった学生時代も含めてこのままではまずい、何か勉強でもしてステップアップしたいという向学心ににわかに目覚め。。。
そこで資格などを探索していた時に先見性のある予備校時代からの友人に教えてもらいました。
当時営業職だったため、CPAや司法書士など狭く専門的な資格ではなくて、ビジネス全般が学べるものがいいなと思っていました。
海外にMBA留学する貯金はなく、今では日本でも一般的なMBAも当時は日本でKWHの3校しかなく、また2年間のフルタイムで、仕事をしながらの取得が出来ず。
そんなこともあって当時この資格は、日本のMBA的な位置づけでビジネスマンに人気がありました。
今は夜間に通えるMBA設置校が増えて、今の30代後半以下の人はそちらに行き中小企業診断士資格は人気がなくなってしまった気がします。
研修受講者も高齢化が進んでるようです。
仲間の人たちと、このマイナーな資格の社会的認知も上げたいと皆で名刺には記載するようにしていますが、ほとんど聞かれることもないのが現状です。
昔はこの資格の取得はカンタンだったと聞きますが、取得した90年代後半は人気もあったし、倍率は1次試験で約5%、2次でもさらに5%と非常に難しい変な時期でした。
勉強の苦手な自分は、貴重な20代半ばの遊びたい青春時代の早朝・帰宅後・土日を勉強で1次試験に1年、2次試験に2年間の計3年も費やし。
朝4時に起きて勉強、通勤の満員電車で小さくコピーしたノートを口でめくって復習、帰宅後1日1社の財務分析と勉強、寝ながらテープに吹き込んだ内容を聞いて睡眠暗記、土日は学校の禁欲生活。。。ようやりました。
しかし、ものすごいものが得られました。
それは、勉強した内容ではなく、一緒に苦しい勉強を共にした仲間です。
当時、主に学校に通ってきていたのは30・40・50代、特に勢いがあり、また仕事と両立しながらも困難を乗り越えて合格まで至ったのはバリバリ仕事もしていながらさらに向学心と実現力・突破力のある30代の先輩たちでした。
銀行員、外資系の投資銀行の人やマーケティングやコンサルティング会社の人、メーカーの人、商社員、公認会計士、企業の経営企画部門の人、証券取引所の人、中小企業の経営者などなど。
26歳のしがない営業マンでは、なかなか会うことの出来ない他業種のすごい先輩たちと出会い、語り合い、色々なことを教えてもらいました。
苦楽を共にした仲間の人たちとは10年以上経った今でも交流があります。
当時30代であった方たちも今は40代、企業内で責任のある仕事をしています。
また40名ぐらいのクラスには自分以外に珍しく20代の生徒がもう一人いて、しかも当時24歳。
今は会社を興して頑張っています。
同志の仲間がいたおかげで、結果、何も分からなかったゼロベースから経営戦略やマーケティング戦略、人事・労務管理から国の中小企業施策、ケーススタディ、財務分析に減価償却費の計算、原価計算、キャッシュフロー計算書の作成などといった、想像も出来なかった進化を遂げることも出来ました。
一人では絶対無理だったと思います。
平日の夜集まって勉強会をしたり、色々な所に見学に行ったり、ケーススタディ勉強合宿をしたり、財務分析スピード競争をしたり、学習法を教えあったり、そして飲みに行ったり、励ましあって・・・と本当に充実して疾走感のある楽しい時間でした。
そういえば、あと達成感と共に何かものごとへの取り組み方の本質みたいなものも得られることが出来ました。
1次試験に受かっても2次試験に何度も落ちていた3年目の最後の最後は、もうこれ以上できないぐらいまで自分を追い詰めてやって試験に臨みました。
ここまでやったらもう受かろうが落ちようがくいはない、後は天に任せよう。
今までの全てを出し切ってもうこれで受からなければ、自分には向いてないのできっぱりあきらめようと。
仙人的境地で清らかな気持ちで臨んだはずの試験当日は、そのプレッシャーと緊張のあまり会場でもどしたりしながら精魂を使い果たした感じです。
結局、その時に受かるのですが、その20代の頃のとことん何かに集中して取り組んで、事を成しえたプロセスは自分にとってとてもよい経験になりました。
小さな体験ですが、執念と強い意志ををもってとことん突き詰め、困難に耐えながらも途中で絶対にあきらめなければ、道は必ず開けるということを感覚的に身につけられました。
これも得られた大きなことだったような気がします。
これでもかというぐらい勉強しながら2次試験に2年連続で落ちて、結果発表会場の本町の裏通りを泣きながらさまよい歩いたという切ない思い出もありしましたが。。。
研修会場で久しぶりに当時のことを思い出しました。
最近面白いことがよくおきます。
先日、たまたま三田で飲んでいたところ何たる偶然か、三田在住の学生時代からの友人より3年ぶりぐらいに携帯に何度か電話がかかってきて、久々に再開、その後少し飲みました。
次に驚いたのは彼が取り出した手帳で、しばらく使っている自分のものと同じもの。
割と珍しい手帳なので、その偶然には驚きました。
久々に会ってみたら、びっくりするような新しいビジネスを起こしていて素晴らしい進化を遂げていました。
また、先日大坂の福島で大坂の友人3人と久々に飲んでいたところ、一人とは今読んでいる本「竜馬がゆく」が一緒、その他2人とはまたもや例の手帳が一緒ということが判明。
こちらの友人たちも家業を継いだり、電器や広告の大きな会社で責任のある仕事に就いたりと、とても頑張っていました。
大阪に着いた日にはまた偶然に、最近お話したいと思っていた、人生の節目で必ずお会いしている先輩よりメールをもらい、丁度たまたま時間が空いたということで、次の日北浜でランチ。
以前に自分の使命として自然化粧品のビジネスと福祉的活動を融合するというひらめきと、アグロナチュラというブランドを創る動機付けをいただきましたが、今回もあたらな取り組みについてお話をすることが出来ました。
ご本人も業界統合など大きな仕事を担当されていて充実しているようです。
最近良い偶然が続いていて、とても良い運が向いてきているのかなと喜んでいます。
日曜日は、肢体不自由児サッカーチーム「エスペランサジュニア・横浜セドナFC」の練習会に行ってきました。
このチームは、日本で唯一の肢体にハンディキャップを持つ子供たちのジュニアサッカーチームです。
http://espesedona.cocolog-nifty.com/blog/
晴天に恵まれ汗ばむ陽気で、気持ちの良い練習会となりました。
隣では、オーストラリア遠征に向けてのCPサッカー日本代表選抜テストと練習が行われていて、高校生以上の部のメンバーのレベルの高い緊迫したプレイも見れました。
現在エスペランサジュニア・横浜セドナFCでは、一緒にスポーツを楽しむお友達、またご一緒していただけるボランティアの方やスポンサーの方も募集しております。
午後から友人の4家族が我が家の新しいメンバーを見に来てくれました。
とても嬉しい一時となりました。
①★手島大輔のプロフィール★(お仕事用) | ②ビジネスプロデュース・コンサルティング | ③化粧品プロデュース・コンサルティング | ④講演 | ⑤執筆 | ⑥TRY OUR LIFE 福祉とビジネスの融合 | ⑦オーガニック・自然化粧品コラム | ⑧書評 | ⑨つれづれ日記 | ⑩伝統工芸・地場産業再生プロデュース | ⑪アグロナチュラブランド開発ストーリー | ⑫会社概要
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